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古里の風景 

古里の春
4月桜咲く頃 田舎に帰るのは何年ぶりか、
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| 桜まつり開催 | アスピア玉城の桜も随分大きくなりました | 周辺には100本もの桜が植えられています |
宝塚古墳(三重県)
| 船形埴輪出土位置 | 船形埴輪 (松阪市・宝塚1号墳) | 宝塚1号墳と造り出 造り出し遺構 祭祀場を形成 |
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| 伊勢の王墓宝塚古墳 | この解説文は 松坂市在住 郷土史家 谷口正則先生から提供いただきました。 |

2009/1/3 栃ヶ池(多気町成川)
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| 柿畑 ↓ | 2008・10・13 |
コスモスと松の苗木 ↑ |
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| 皇大神宮摂社 | 朽羅神社 |
田んぼの中に 鎮座する |
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多気町と境を接する、東原の田の中にある。皇大神宮儀式帳には、久麻良比(クマラヒ)神社とあり、延喜大神宮式には朽羅社、同神名式には朽羅神社と見えている。中略 社頭には天保3年の常夜灯がたっている。(伊勢神宮125社ウオーキングパンフより) |
| 地元では 宮田の森 呼ばれる |
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山(国束山)と池 | ||
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| 道と田園 | ||
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(2009年04月02日 読売新聞)より

三重・松阪
商魂の芸術 木綿と牛
阪神なんば線が先月開通して、近鉄と相互乗り入れし、神戸方面からも伊勢路が近くなった。自宅近くの阪神・魚崎駅から電車に乗った。伊勢路の交通の要衝、三重県松阪市には、木綿と牛をブランド化した商人の才覚が息づいていた。
(山畑洋二)
松阪商人の邸宅が残る一角。豪華とは言えないが、堅実な暮らしぶりがうかがえる=追野浩一郎撮影 近鉄松阪駅の西約500メートル。お伊勢参りの旧参道近くに白壁と格子窓の商家が残る。築300年とされる木綿問屋の長谷川邸(旧丹波屋)。屋根には富の象徴であるうだつがあがる。さらに歩くと、瓦ぶきの門がある。三井グループを起こした三井家の発祥地だ。江戸時代前期の1673年、江戸に越後屋を開き、松阪の本店から船で反物を運んで財をなした。今は屋敷はなく、幅6メートル、高さ4メートルの門も大正時代に再建されたものだ。
越後屋に代表される商人は松阪商人と呼ばれる。「最盛期、江戸には松阪出身者の店が約120軒あった」と郷土史家の大喜多甫文さん(71)はいう。「その気質は質素と倹約。地元産品に付加価値をつける才覚もあった」
商いの源は松阪木綿だ。地域で採れた綿と藍で作った。粋を重んじる江戸庶民のニーズをいち早く察知し、斬新な柄「松阪縞」を生み出した。
洗うごとに鮮やかになる発色と幾何学的な模様。その品質とデザイン性の高さが江戸の人々を魅了した。
その技術を今に伝えるのが松阪もめん手織りセンターだ。シャツやバッグ、反物などを販売しており、手織りも体験できる。センターの水谷陽子さんは「初心者向けのコース(2000円)もあり、お薦めです」と話す。
明治時代に入ると西洋文化が広まり、商人魂は今度は最高級の松阪牛を生み出した。
牛肉の需要が高まると、農耕用だった牛を食用として育て、徒歩で20日かけて東京まで運んだ。ここでもニーズを先読みする才覚が光る。肉付きのよい但馬の子牛を買い付け、麦や大豆かすなど栄養価の高い飼料で肥やし、昭和初期には「肉の芸術品」と呼ばれるまでに磨き上げた。現在は約8000頭が肥育されている。
その“芸術品”を、明治初期創業の「和田金」で霜降り肉の「寿き焼」としていただいた。1人前9240円。軟らかく、肉汁の甘い香りが口の中に広がった。のみ込むのがもったいないほどだ。
「めったに食べられませんね」と地元の人に話すと、隠れスポットを紹介された。駅周辺に点在するホルモン店の一つだ。七輪での網焼きが一皿700円。ホルモンも松阪牛だ。煙に包まれながら、よくかんで味わった。商人文化が町の至る所に浸透しているのを感じながら。